会社概要
企業理念
私たち北大東製糖株式会社は、
社長をはじめ従業員のひとりひとりが
「手に手をとって助け合い、創意工夫で難関を乗り越えていく」
先人の開拓精神(フロンティアスピリット)
を受け継ぎ
島を支える製糖産業に誇りを持ち
パートナーや仲間と共に、
更なる創意工夫をもって
島の経済の発展に貢献することを約束します。
北⼤東製糖事業所訓
1.信頼:相互を理解し規則を厳守
2.共和:各職場の親睦を図り団結
3.努⼒:創意⼯夫し合い前進の⼀念
会社概要
創⽴ | 昭和33年9⽉12⽇ |
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代表取締役社⻑ | 宮城⼀也 |
事業内容 | 粗糖製造販売業 |
資本⾦ | 76,260,000円 |
従業員数 | 35名(平成30年7⽉1⽇現在)(製糖操業期間約78名) |
主要取引先 | ⽇新製糖株式会社 |
関連会社 | 有限会社 北⼤東⽯油商会 株式会社うふあがりファーム |
取引銀⾏ | 沖縄振興開発⾦融公庫 沖縄県農業協同組合 琉球銀⾏ 海邦銀⾏ |
北⼤東製糖株式会社 沿⾰
昭和33年 | 北⼤東製糖株式会社設⽴ 本社:那覇市美栄橋1丁⽬46番地(⼤糖ビル内) 代表取締役社⻑宮城仁四郎 |
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昭和34年 | 150トン⿊糖⼯場竣⼯ |
昭和40年 | 「砂糖の価格安定等に関する法律」(糖価安定法)公布 |
昭和41年 | 250トン分蜜糖⼯場に増改築 さとうきびブリックス・スライド制廃⽌ |
昭和42年 | 台湾から季節⼯員受⼊(〜昭和47年迄) |
昭和46年 | 36,693トンの⼤増産 |
昭和47年 | 沖縄の⽇本復帰により、通貨がドル表⽰より円表⽰となる。(1ドル=304.98円) オーストラリアからケーンハーベスター2台導⼊(北⼤東村農事組合) |
昭和49年 | 韓国から季節⼯員受⼊(〜昭和53年迄) |
昭和52年 | 360トン分蜜糖⼯場増設施⼯ |
昭和53年 | 200⾺⼒タービン2基導⼊ |
昭和56年 | ケーンキャリーにタンブラー設置 |
昭和62年 | 代表取締役社⻑宮城⼀夫就任 |
平成2年 | 本社事務所移転 那覇市久茂地2丁⽬9番1号 製品倉庫新設 |
平成3年 | 北⼤東事業所事務所新設 |
平成4年 | 効用缶増設工事 |
平成5年 | ボイラー(灰出し、自動化装置新設等設備の合理化推進) |
平成6年 | さとうきび品質取引開始 |
平成7年 | ボイラー自動化 独身社宅4戸新築(字港20番地) |
平成8年 | ボイラー改造 分離機更新 家族用社宅2戸新築(字港20番地)、独身社宅4戸新築(字中野234番地) |
平成9年 | 車両整備場建設 |
平成13年 | 港湾業務を北大東村へ移管 |
平成15年 | (有)北大東石油商会設立 石油業務は商会へ |
平成16年 | 清浄・結晶棟建屋の建て替え 効用缶2・3号 ジュースヒーター2基 クリスタライザーの更新 北大東村用土等供給施設建設により余剰バガス、ケーキを無償提供 |
平成18年 | 品質取引の見直し 細裂サンプルによる糖度測定 |
平成19年 | さとうきび及び砂糖の価格制度の変更 |
平成20年 | 湿式集塵機を乾式集塵機(マルチサイクロン)へ変更更新 |
平成21年 | 発電機更新(400KW→850KW)、圧搾電気駆動設備導入、前置効用缶導入、ボイラー棟改修、排水処理施設導入 |
平成22年 | スチームアキュムレータ導入、裾物用連続分離機導入 |
平成24年 | 代表取締役社長 宮城一也 就任、糖蜜タンク設置工事 |
平成25年 | 精脱葉処理施設導入(事業実施主体:北大東村)、北大東製糖(株)55周年記念誌発刊 |
平成26年 | ボイラー水管更新、ジュースヒーター更新、トラックスケール更新 |
平成27年 | 本社を那覇市曙3丁目17番13号に移転 |
平成28年 | 製品分離機更新 |
平成30年 | 中野区社宅1棟2世帯建設、港区社宅1棟2世帯建設 |
平成31年 | 結晶缶自動化更新工事予定 |
代表挨拶
代 表 取 締 役 社 ⻑
宮 城 ⼀ 也
先⼈の開拓魂を現在に活かし、未来につなげたい。
北⼤東の製糖の歴史は、数々の⾟苦を克服し、
今尚果敢に努⼒を重ね続けている産業です。
島の⾯積が限られている中で、
製糖⼯場の運営に必要なさとうきび原料の確保が
思うようにならない現状がありますが、
農協、北⼤東村等のご理解とご協⼒を頂きながら、
全従業員が⼀丸となって
北⼤東島の糖業の発展に取り組んでいます。
島の先輩達が築いてきた
開拓精神を礎に存分の⼒を発揮し、
島の経済の発展に⼤きく
貢献していきたいと考えています。